●吉田 司
はっきり言って、目からうろこが落ちました。デッサンとやらは、中学校の授業でうけたのが最後。デッサンとは大体こんなもんやろ、と思っていたのは大間違い。歴史的なこと、宗教的なこと、事例など挙げて教えていただくと、何やら今まで思っていたのと違う・・・。

なんだかんだで、始まった実技。「モデルを面でとらえる」ということが、わかったようなわからないような時に、先生がもってきたのはつくりかけのようなカクカクの石膏モデル。昔、中学校の図工室でも見たことがある、そのカクカクの彼の登場に私は驚愕したのでありました。

当時「なんでこんなカクカクの顔なんかなぁ。こういう作風の彫刻なんかなぁ」くらいにしか思ってなかった私は、はじめて彼の存在意義を知ったのでありました。

絶妙のタイミングで繰り出される先生のアドバイスや批評は、久しぶりに学ぶことの楽しさを与えてくれました。「今回はデッサンかー、どんなもんやろ?」と、少し安易に考えて参加したのに、終わってみると大きな感動に包まれていたのです。

学ぶ側の姿勢がとやかく言われがちな教育の現状があると思うですが、教える側の大切さも改めて考えさせられたひとときでありました。美術はあまり好きではなかったけれど、すこし美術好きになれて本当に良かったです。ありがとうございました。


●宮原 優子
山本学園は私の母校で浅山先生は恩師です。したがって、浅山先生の授業を受けるのは初めてではなく、デッサンの授業も受けていました。ですが、こんなに色濃い授業だったかな...と思います。きっと、先生が教えてくださっていたのに私が聞いてなかったんでしょうね。デッサンの歴史や考え方、東洋美術と西洋美術の違いなど、改めて納得したものや、知らなかったことばかり...。スミマセン。。。

それにしても、今回の未完塾。まるで夜間学校のようでした。いろいろな生徒がいて、仕事が終わって、急いで教室に駆けつける。「失礼します、遅れてスミマセン」と少し申し訳なさそうに入ってこられた方々が、なんともイイ感じでした。ビン会長もいらして、びっくりしましたが、浅山先生と会長のモデルデッサンの話も聞けていろいろな意味で興味深かったです。

デッサンの実技もあり、久しぶりに落ち着いてイーゼルに向かうことが出来ました。背筋を伸ばして、まっすぐモチーフに集中する。・・・・ん〜?あれ?おかしい。雑念が・・・。学生時代の集中力はどこへやら。欠如を実感しました。書き込めば書き込むほど辛く難しくなっていくんですよね。デッサンって。帰りに頂いた画用紙に、何かゆっくり書き込んでみようと思います。

(浅山先生、懐かしい気分で授業が受けられました。ありがとうございました)


●菊池 智子
イッツァ パーフェクツ!!

うーむ、何処をとっても最高だったと思います。何処をとっても高密度(言い過ぎか;)媚びなどというものは一切なく、素直な塾でした。

自分はできやしないのに、ココに対していつも辛口のコメントばかり述べてますが、今回の未完塾、今までで一番素晴らしかったです(あくまでも私の中で)。デッサンとは何ぞや?!の部分、東洋と西洋のものの見方の違いはじめて聞く事ばかりで、本当に驚きの連続でした。きっと勉強って楽しいんだと思う。知らない事を知るって、本当は楽しい。それが学生時代は苦痛でたまらなかった、何に問題があるんだろう?学校教育のスタイルか、教室の閉塞感か、はたまた自分自身の姿勢か?!

まぁそんな事はよしとして、石膏デッサンの実技、はじめて経験した訳ですが我ながら一番下手くそで(石膏の頭が七.三分けになっていたのは実は私です;)それ以上に新鮮なものを吸収する喜びとでもいいましょうか。デッサン的見方(イメージ)で世界を見てる人は、どんな風に見えるのでしょう?!その逆で「写意」で見てる人は、リリックが豊かになるのでしょうか?!私の場合少しおかしいのかもしれませんが、デッサンを描く時の自分の気持ちは一体どんな気持ちなんだろう?というところで自分を見てました。焦り焦り、観よう観ようとしていたけど、それに技術がついていかず必死に抗っていました。これがスムーズに気持ちよく幸せな気持ちで描けるような自分でいられたらまた違うのではないかと、どうでもいいような事を考えてみたりしながら。。。仕事に置き換えても、仕事に打ち込んでる時の自分は本当に喜びを感じているのだろうか?そういう部分でどうだろう?と考えると疑問です。それをこれから見つけていかねば。


●平松 以久子
やっぱり私はデッサンは下手!!!を痛感しましたがそれ以上にとてもとても、楽しい授業でした。元来、私は<嫌な事、苦手な事>には背を向けるタイプなのですが、<そうじゃない、全ての?パンツを脱ぎなさい>と教えてくれたのは敏会長。その敏会長も交えての塾。宮原さんのいうように本当、夜学のようで不思議なおもしろさがありました。

スケッチ、デッサン、クロッキーの区別もつかない私でした。西洋の<眼>が中心、東洋の<心>が中心である発想も仁先生の講議では納得し、よ〜く理解したつもりでも、いざ実技に入り、時間を忘れ、無心に描き<私ってどっちだろ??>と言った横から、大野さんが<写意やろ!!>そうですよね、あの描き方は・・・。

私は仕事において、特に初めてのクライアントとの打ち合わせの時<この空間、あなたならどうするかラフスケッチを描いて来て!!>と言われる事か゛あります。仕事の場面で一番苦手な場面です。四苦八苦し、描ける時はまだましで、ひどい時は模型に変身します。ある時など頑張って描いた<竹>のオブジェをみてスタッフに<なんでここに異形鉄筋??>と言われガァ〜ン!!
  
でも今回あんなに楽しくデッサン出来たのは初めてです。少し、下手でも<やる気>と<意欲>が湧いて来ました。私なりにゆっくり描き続けてみようと思います。

未完塾の皆さん、恥ずかしながらデッサンすら出来ない私がデコレーターとして仕事して早、15年を過ぎました。あまり良い例ではありませんが、皆さんの将来は明るいと信じています。担当の西尾さんの言葉・・・<物や情報が氾濫している現代、頭にイメージがないと振り回されてしう!!!>そのイメージする事のいい勉強になった時間だったと思います。


●大野 千佳
嗚呼、デッサン。

告白すると、実は一時期、社会人になって間もないころ、趣味でデッサンを習ったことがあります。当時、いわゆる文化教室が流行し始めたころではありましたがデッサン教室らしきものはまだなく、私が通ったのは美大を目指す高校生たちが通う私塾でした。 いったいどこで見つけてきたのか。そもそもなんでデッサンを習おうと思ったのかさえ疑問ですが、実際、美大受験生たちが通うその教室で、OL(!)の私はかなり浮いていました。それでも半年?いや1年は通ったでしょうか。翌春、見事美大に合格した卒業生たちの作品が披露される卒業展で、私の拙い練習作品も一緒に並びました。それで気が済んだのでしょう。職場が変わって忙しくなったこともあり、私もその教室を卒業(中退ですね)しました。

今回の未完塾でそのころの気持ちを少し思い出しました。目玉や髪の毛を描き込みたい衝動に駆られながらも、じっと辛抱して黙々と面を取っていく。そのストイックな感覚に当時の私はかなりミーハー的な気分でシビレていたのだと思います。けれども今あらためて淺山先生の「奥義伝授」を受け、再体験してみて気づいたのは、「無心」の心地よさです。東洋の心「写意」と「科学的、合理的」な西洋の眼。心に感じたことを描き写す「写意」に対し、西洋のデッサンは対象をひたすら科学的に分析し再現する技でした。構造を把握し、単純な立方体に還元する、その作業は脳の一部分を鋭く鍛える一方で、心はすっかり無になり、あとはただただ鉛筆を動かすだけ。

近ごろ何を見ても何かを感じなくてはいけないような強迫観念につきまとわれ、常に心が安らかでないような気がしていたわたしにとって、デッサンをしている時間は無になれる時間、心を休ませられる時間でした。淺山先生がおっしゃっていたのとは違う意味になってしまうかもしれませんが、心が忙しすぎる昨今、こういう時間もほんとうに大切だなぁとしみじみと思ったのでした。

デッサン、続けてみますとは言いません。ただ、ほかの何かになるかもしれませんが、今回の未完塾で教わったこの感覚を大切にしたいと思っています。ありがとうございました。