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A班(森本さん) 森脇 大野 吉田 松下 坂本 菊池 池田
B班(田中さん) 片岡 光盛 隅川直 佐野 武智 前田
C班(大塚さん) 黒田 藤井 谷田 尾崎 藤田 清水 有馬
D班(兵頭さん沢田さん)平松 宮原 武智由 山本 斎郷 坂上
●大野 千佳
「知らないから気付かない」ことがたくさんあります。心の病気、精神障害もそのひとつでした。今回の講演でみなさんのお話を聞き、ほんとうにいろんなことを知らなくて、そして知らないから、たとえばそれが自分の中や目の前にあったとしても、見えていなかったのだということに気付かされたように思います。
明星会のみなさん、そして田中さん、大塚さん、ありがとうございました。
最後に、一番乗り?のようなので「A班」を代表して明星会森本さんからの伝言をお伝えします。
◎相手の立ち場にたった「ものづくり」をしてください
◎みなさん自身の心の健康を大切にしてください
・・・だったかな。
補足説明はA班のみなさん、よろしくお願いします。
●平松 以久子
ハートネットクラブの田中さん、ボランティアセンターの大塚さん、そして明星会の森本さん、兵頭さん、沢田さん本当にありがとうございました。
今日くらい私は皆さんに感謝した日はありません。参加しようかどうしようか本当は迷っていました。内容があまりにも今の私に近すぎて・・・でも本当に勇気を出して参加出来て良かったです。どういった言葉でこの今の感謝の気持ちを言葉にしたらいいかわかりません。先日、松岡先生が言われた<言葉>の語源<言霊>で届ける事が出来るなら・・・と思うくらいです。本当に本当にありがとうございました。
60人にひとりと言われる<精神障害者>皆さんはどう捕らえましたか?私は正直言ってホッとしました。
薬では治らない、人とのコミニケーションが治療のひとつなのだと分科会での話の中で沢田さんが言われていました。解るような気がしました。<病は気から>と言われます。独りぼっちで病んでいると余計、病気になります。<気を元>に戻そうとすれば元気になります。それには話を聞いてくれる仲間が必要だと私は実感しました。
ホッとしたのは仲間意識かもしれません。私だけじゃないっていう・・・でも60人にひとりの中のどれだけの人が話を聞いてもらえる仲間がいるのでしょうか?私は自分にもその可能性があると認識出来、そんな私の話を聞いてくれる仲間がいる事を幸せに思いますが、もっとひどい症状の人が身近にいるかも知れません。
数年前、友達が自殺しました。今の私の数倍もひどい症状だったのでしょう。そんなにひどいとは誰も思わず彼女自身もそんな話もしていませんでした。独りで思い悩んでいたのでしょう。私達仲間は彼女の自殺を聞いて<弱い>の一言で片付けてしまいました。もう取り返しは付きません。今、彼女の精神状態に近い自分に向かい合わせ、後悔しかありません。もっともっと嫌がられても何故話をしなかったのかと。心がとても痛い思いをしています。病気にならないと人の痛みの解らない自分自身を腹立たしくも思います。
その罪滅ぼしになるとは決して思いませんが、こうやって出逢えた、明星会の方と出来る限り触れあっていくことが出来ればと痛感しました。
<未完塾>で学ぶ事のひとつに私は年下の皆さんからいろんな事を吸収していこうと思っています。勉強は年上の人からだけとは限りませんから・・・あっと忘れていました、今日、初参加の前田さんが言っていた<看護とか福祉とかいうと重くみるけど普通として広い視野でみて欲しい>っていう言葉は心に響きました。その通り。前田さん、ありがとう。
●谷田 美佳
今回のテーマを最初に聞いた時、正直「重い」というイメージがありました。ですが、実際参加して、明星会のみなさん、田中さん、大塚さんのお話しがとてもわかりやすく心の中に入って来たので不安な気持ちが楽になりました。
班に別れてお話をうかがって、(私は大塚さんの班でした)「精神障害者は怖い」というイメージはマスコミのせいもあるというのは納得でした。傷害事件を起こした人が、精神安定剤をもらうために精神病院に行ったことがあるとすればそれだけで「容疑者は病院に通院中だった。」と書かれる。それを新聞等で読む私たちは、精神障害者のことを「怖い」と思い込んでしまったりするんですね。精神安定剤は、私も病院でもらったことがありますし珍しいことでも、おかしなことでもありません。
実際の精神障害者の方は、内にこもる人が多くておとなしくて、普通の人となんら変わりない。というお話しは目からウロコで、心を打たれるものがありました。
そういうマスコミの記事を読んで「そういう人は入院させなきゃ」と正直思ったこともあったのですがその背景もわからずに頭から思い込んでいた自分を恥ずかしく思いました。
ボランティアというのもあまりピンと来なかったし、普段の生活にはあまりかかわって来ないもの。と思っていたのですが、「ちょボラ。」のCMのように日常の生活でも私にできるボランティアというのはあるんだな。と再確認することができました。
「重く考えなくても、この話を聞いた後、いつもは気にも止めなかった【ボランティア】の文字が気にかかっていくだけでもいいんです。」と言われたことで気持ちも楽になりました。
そういうことを再認識させられたり明星会のみなさんのように精神障害者のみなさんと歩いていらっしゃる方がいる。そしてそれを受け入れる田中さんとあのビルの住民のみなさん。そんな人と関われただけでも今回の未完塾に参加できてよかったと思います。講演をしてくださったみなさん、あらためてありがとうございました。
●森脇 三枝子
お話をして頂いた田中さん、大塚さん、明星会のみなさんお忙しい中、本当にありがとうございました。未完塾のみなさんもお疲れさまでした。今回参加して、みなさんの明るさ、前向きな考え方に触れることができ、とても感謝しています。
「心の病」についてお話を聞き、「精神障害者=恐い」というイメージをなぜ持ってしまっていたのか、自分の認識していたことの間違いに気付きました。誰もが経験しているストレスなど、身近なことから起こる病気であり、人との触れあいから直る可能性が高いこと…。知っているようで、本当は理解していなくて知らなかったのだと、強く感じました。大塚さんや田中さんが言われたように、私はまだ「種」の状態ですが、いろいろな方とのコミニケーションによりお互いが学んで、芽を出し、花を咲かせて行けたらと思います。
余談ですが、先日、家庭看護講習を受けて来ました。介護とは、ただお世話をするだけではなく、自立をめざして生活できるように手助けをすることであるという内容に目からウロコでした。今回のお話と合わせて、「正しく知ること」の重要性を再認識しました。
●藤田 雅彦
ボランティアという言葉にビ!ビ!ビ!と反応。その言葉を耳にすると、自身の博愛機能がスイッチオン。・・・の前に、自身の猜疑心が登場です。「ボランティア=強者の思想(弱者救済)、自己満足、売名行為・・」私が抱くイメージです。そんな私は極悪!?人非人!?邪道!?外道!?ボランティアは素晴らしいこと/良いことだと認識しているにも関わらず、こんな考えが浮かぶのは何故でしょう?そもそも、ボランティアとは何!?
各氏より簡単な講演。その後、分科会に分かれて意見交換です。私はボランティア/大塚氏のグループ。大塚氏の「喰わず嫌いのボランティア」「ボランティアの芽」「やる気(自主性)/世直し(社会性)/手弁当(無償性)」の話は、よく理解でき、また共鳴する箇所の多々あります。しかし、自身のボランティアに対するわだかまりは拭い去れません。そんな折り、大塚氏の一言。「実は・・私、いじめっ子だったのです。」「えっ!?じゃ、その過去の代償として今の仕事に?」「違います。(キッパリ)職にあぶれて、何となくです。(キッパリ)」また、「いつも電車では席を譲るのですか?」「違います(キッパリ)」あらら、『ボランティア=聖人君子』説は崩れます。人間らしさ倍増。大塚氏の話を聞いて思いました。私たちはボランティアに対し、「奉仕/奉る/支える」といった捉え方をし、何やら大上段に構えてしまっていたのかもしれません。「例えば・・生活のなかの様々なシーンで、思いついたことを考えるよりも先に動いてしまことがありますよね。」「異性の部屋ではよくあります。」「それと同じです。その対象が異性でなく、『席を譲る』『車椅子を押す』『手を引く』だと思ってください。気負いが無くなりませんか?動くことは単純で簡単です。動いてみてはどうですか?」それはまさに自然体です。
最後に大塚氏から宿題。「ボランティアには方法論も定義もありません。十人いれば、十通りの方法があります。デザイニストの視点から貴方達らしい想像力や発想力で独自のボランティア内容を提案してください。福祉の世界をどんどん掻き混ぜてください。」
そんなこんなで市原悦子気取り/覗き見気分で参加した今回の未完塾。ボランティアや福祉に対し、自身のなかで新しい種が出現したことを実感。今後、次なるステージは自分次第。「大塚さん!次回、会う日には発芽させておきます。」
今回の未完塾に初参加。緊張感、疲労感が心地良く、ご機嫌で帰路。と、その時、両手に荷物を持った若い婦人が信号の押しボタンを押せないで立ち往生。発見。「ちょっと、彼女〜」声を掛けた途端。ご婦人は何処かに!!!。初ボランティアの道のりは、まだまだ遠いようです。
●隅川 直美
まずは、講演をしてくださった皆さん、お疲れさまでした。ありがとうございました。
今回は、講演後に座談会や「芽が出た」での懇親会もあり、より充実した話を個人レベルでもたくさん伺う事が出来たので、とても嬉しく感じています。
私は、中学生の時、学校の奉仕活動部なるものに所属し、老人ホームの慰問や乳児院へのお手伝いに非力ながら参加させて頂く機会があったので、その時の体験談から、「老人ホームでは、話し相手になるだけで充分喜んでもらった記憶もあるが、乳児院では、相手は小さい赤ちゃんだったため、何の知識も技もなく漠然と参加するには、そこでやるべき事を見つけにくかったし、返って院やプロの保育仕の方の足手まといになったんような気がする.....」なる意見(気持ち)を言わせて頂きました。
それを受けて、ハートネットクラブの田中さんから「実はそれもボランティアにおける難しい課題で、誰でも参加できるけれど、誰でも参加できる分やはり前向きに学んでいける志しがないと、勢いだけではボランティアを受ける方や共にちゃんと活動している方々のストレスにもなりかねない....」という苦しい胸の内をお話頂きました。
身近にできるボランティアもある.....けれど、こと相手のあるボランティアに参加する機会があるなら、受ける側の気持ちにできるだけ添えるよう、心に留めておきたいお話だな...と思いました。
●佐野 勝久
ボランティア、障害・福祉どれも技術的なデザインとは直接繋がりません。しかし視点を地域・社会まで広義にとらえると一番解りやすく・関わりやすい・繋がりやすいテーマです。ただこれは人から聞いたり見たりしただけではなかなか理解できません。どんな形でもいいから自分で体験しないと・・・そんなことで今回の未完塾は障害やボランティアの空間を身近に感じることが出来たのではないでしょうか?
Bグループの講師、ハートネットクラブの田中さんのお話はご自身が相当話していましたし、隅川さんも伝えてくれましたので私はちょっとだけ・・・田中さんの「ハートネットクラブ」も今年は2回目、子供達のノーマライゼーションの芽育て事業も反響が高く、規模も大きくなってきているようです。しかし運営・サポートのボランティアはご自身がやるのではなく大学生や若いメンバーが全てをやる。田中さんは一切、手を出さないようにしているそうです。(表向きは・・・)子供達のことを考えながら、そのボランティアのスタッフもちゃんと育てていらっしゃいます。ですから半年以上も前からほとんど毎週スタッフミーティングをやって意見交換・意識の交換をちゃんとやっている。今年のキャンプはedaとして子供達のワークショップに参加する予定です。田中さんもこのキャンプ、組織はオープンなものにして沢山の方に知ってもらい経験してもらいたいそうです。純粋にボランティアとして・・・ボランティアの世界には「派閥」、「権力」「ビジネス」はいらないときっぱり。人が助け合って生きていくことは「まちそだて」の基本じゃないかと思います。日常の中でいろんな思惑・利害などにまみれて「ピュアーなハート」を見失いがちな私たちですが、アイアイキャンプでは子供やボランティアの学生達が先生です。「こころのパンツ」を脱いで洗濯したいものです。
先日清水さんからお知らせ頂いた「絵ことばコンクール」の準備も純粋にボランティアです。当日、主催者側は県内の精神障害の施設や事務局の関係者の方達、市社協、市社協が募った学生ボランティア(5名)、そしてedaのメンバーです。この件は皆さんがボランティアで参加して感じてもらうには丁度良い機会かもしれません。一緒に楽しみましょう!
●菊池 智子
第5回未完塾では2つの事を自分の中に入れる事&課題ができました。
1. 1人の人間としてのいい意味で価値観を崩壊させてもらえた事。
2. デザイナーという視点で社会に関わる事への課題。
大きく分けるとこの2つです。
言葉なんて到底感情をあらわしきれないと思ってはいたんですが、今ほどそれを重く感じた事はありません。第5回未完塾を終えた今は、何を書いても綺麗ごとのような気がして、言葉が見つかりません。言葉でありがとうではなくて、今回の事を頭に入れた社会への動き(仕事に生かす)をする事ではないかと。
私はA班で森本さんのチームでした。「精神障害」これは大野さんが書かれた事にかぶるので書きません。森本さんが言われていた「精神障害の偏見をなくすために、一体どういうかたちで世間の人に分かってもらうか、そのきっかけが分からないんです」と言われていました。そういう事から考えていくのも、私たちデザインという仕事で社会に関わる者の役目かもしれません。
関係ない話に飛びますが、私は昔TVで精神障害者が語った言葉を今でもしっかり憶えています。「ぼくは分裂病で幻想が見えるのです。悪魔がぼくを追っかけて来た時、目の前にいた父に『助けて』と叫んだら、父は『しっ、しっ』って悪魔を払う真似をしてくれた。ぼくはそれが凄く凄く嬉しかった。」と。このお父さんは真の意味でたのもしさとやさしさを持っている人間なんだと思いました。「ぼくは今、薬で幻想が見えなくなった。でも幻想が見えてた頃の方がスリルがあった。」って。本音は裸のこころは正直だな、と思いました。訳がわからなくなりましたが、この辺で終わらせてもらいます。どうもありがとうございました。 |
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