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活動報告

工藤省治の仕事と昭和のデザインプロジェクト


「工藤省治の仕事と昭和のデザインプロジェクト」を終えて


幾つになっても知識欲旺盛な女性、大野千佳さんが2009年武蔵野美術大学の卒論で取り上げた地場産業の砥部焼の歴史、それもほとんど知られていなかった昭和30年代初期の砥部をひも解くことからはじまった。
この卒論を読み驚いた、それはまさに「事件」と呼ぶにふさわしい出来事だったからだ。
今回の展覧会は大野さんの卒論があったからこそ企画し実施する事が出来たと言っていい。

その事件は当時の県知事久松氏が学習院の同窓で民芸運動のリーダー柳宗悦を砥部視察に招いたことから始まる、バーナード・リーチや浜田庄司、少し遅れて富本憲吉、藤本能道鈴木繁達が砥部を訪れ他の産地との差別化を示した、素直に影響された工藤省治他2名の若き陶工と「売れるものをつくれ」と一言も言わず自由に作陶させた梅山窯の社長梅野武之助たちが取り組んだ昭和のデザインプロジェクトがここから始まった。

産地産業はいつか疲弊し、社会が必要としないものはやがて消滅するしかないのだが砥部は「デザイン」という手法で蘇った、手づくりで量産可能な絵付け「工藤唐草」の意匠が創案されたからだ。ひとりの作家のモノでなく誰でも少し練習すれば描くことができる文様が砥部の里を活性化させた。唐草文様もさることながら、誰でも描く事が出来るというシステムの構築こそが「デザイン」というソフトであり砥部を焼き物の一大産地にした。デザイナー工藤省治氏の偉業である。

今回の展覧会は関連企画の「砥部焼とデザイン」を含め、わずか50年前にこんなにも凝縮されたものづくり人のエネルギーが砥部に集結し、今の砥部があることをメッセージできたのではなかろうか。残念なのはもっとも伝えたかった若い人達の来場が少なかった事、その点は我々の告知の足りなさを反省するしかない。

山内 敏功

 
 
 


 

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