2002年11月2日(土)
第2回 四国デザイン会議イン愛媛


四国のデザイニストを繋ぐために‥‥徳島に
次いで四国デザイン会議イン愛媛が松山城で
開催されました。
冬にかけてお城山に来るのは、初めてです。
山頂での風の冷たさにもめげず、EDAの数多く
のスタッフが集まり、ロープウェイ乗り場か
ら、山頂広場まで来場者を誘導します。
午後一時より、陶芸家、クラフトデザイナー
の工藤省治氏の講演が開かれました。
お話しの中で「個々の生産者(職人)が、どう
生きていくか、現状の中で「心粋」をどう表
現していくか?そのために地方の生産者がど
う勉強していくかが課題です」「デザインの
心粋は常に美意識を持つことと同時にどれだ
け社会と共存しながら表現できているか」な
ど、工藤さん自身の創る物に対しての誇りや、
覚悟のようなものを感じると同時に今のEDA
に一番大切なテーマをいただきました。
また工藤さんがご紹介してくださった本『銃・
病原菌・鉄 ― 一万三〇〇〇年にわたる人類
史の謎』(上・下/ジャレド・ダイアモンド
著)の中に、日本人を含む、アジア、東洋人
の優れた資質についてのべてあるとの事。と
かく、目新しいもの、流動的にかわるものに
目が奪われがちですが、実は、1番身近な物、
人、地域に対してもっと関係を持つことが新
しい発見につながるのではと思いました。

後半は工藤氏、(高松)グラフィックデザイナ
ー・角谷昭三さん、(徳島)パッケージデザイ
ナー・立花かつこさん、(愛媛)建築家・堀真
理さん、以上4名の「デザインの粋」の談話時
間が設けられ、四国のデザイナーが当地でで
きることは何か?また高速道路からインテリア
の内装までユーモアをまじえて語られ、立場
のちがう人間が集まった時にできる事など、
話が広がりました。

今回も思うことは、以前から同じデザイナー
として、お互いに名前は知っていても実際に
会う機会の少ない人たちがひとつのテーマに
ついて、ある人は学び、ある人は大切なきっ
かけを得たり‥‥有意義な時間だったと思い
ます。
最後になりますが、この日の「粋」な計画を
たてていただいた関係者の方々へありがとう
ございました。お城からの夜景は素晴らしか
ったです。一人でも多くの特に松山の方に登
ってほしいですね。
(松下 聡子)


第2回 四国デザイン会議イン愛媛
工藤省治氏
角谷昭三氏
シンポジウム「守り継ぐ職人文化」
西松布咏さん
シンポジウム「守り継ぐ職人文化」

さて、これからは藤井が担当です。四国デザイン会議が終わると、皆冷えた体を温めようと城山荘へ。
甘酒、あめ湯、中には熱燗を飲む人もおられます。体の中から温まりホッとしたのも束の間、5時から
の松山城築城400年記念シンポジウム会場へ戻ります。寒風が吹き、時折砂埃が舞う中、城内中庭で
日本建築家協会(JIA)愛媛支部主催・エヒメデザイン協会共催の、城のあるまち「守り継ぐ職人文化」
と題したシンポジウムが始まりました。宇和島・大洲・今治・大阪城の関係者をはじめ、参加者は約
120名。松山市長の「子規没後100年に続き、今年は築城400年。我が町には外に向かって誇れるも
のがたくさんある。松山城は、日本三大平山城の一つです。今日は再発見するよき機会、このシンポ
ジウムが実りあるものと期待します。」とのあいさつに続き、パネラ−が壇上へ。

 大工・永田喜秋氏(紫竹門以降の修復工事大工棟梁)
 左官・大下重夫氏(浜崎組)
 瓦職人・参川角助氏(愛媛県左連瓦葺工事業部会名誉会長)
 石工・川上敏朗氏(文化財保存計画協会主任研究員)

そしてコ−ディネ−タ−は、町並み保存・古民家研究でおなじみの松山東雲短期大学教授犬伏武彦先
生。屋根師と呼んでほしいといわれる参川さんは、今年89才ながらかくしゃくとされ、8つの建物で
68,100枚の瓦を葺いたと、まるできのうのことのような鮮明な記憶に驚かされます。屋根の美しい線
を出す本葺きは、屋根師の力量が問われるとのこと。「瓦も人間と同じで生きている。合うものもあ
れば、合わないものもある。それを見極めて葺いていく」のだそうです。そして設計管理者と職人さ
んの考えが一致してはじめて美しい屋根になるといいます。普段なにげなく見ている屋根瓦もこれか
らは見方が変わりそうです。石工の川上さんは、「松山城の石垣は全国的に見てもすばらしい。石垣
の高さはそれぞれ違い、勾配は2ー3mおきに測っても違っている。守り・形式美などを考えているの
だろうが、どうしてそうなっているのか分からない」そうで石垣には秘密が隠されているのかもしれ
ません。S41年から始まった再建工事での、石垣となる800kgから1トンの石、土や材料を運ぶご苦
労や、昔ながらの工法などを聞き、素人ながら、すべて計算し尽くされた図面にあわせていく現代建
築と、石や材木など自然の素材に合わせていく古建築の違いを思い、経験と技術がなければ何百年も
遺る建物はできないのだろうと、なぜか江戸時代の建築現場を想像してみる筆者です。参川さんは、
「城は石垣・屋根が一番目立つ。その屋根を美しく立派に、風にも雨にも強く、建物を守るものをつ
くらなければいけないと思うと夜も眠れなかった」と語り、左官の大下さんは「35才の時に担当し、
37年間風雪に耐え、威風堂々とした姿を見ると嬉しい」と。松山城にかけた情熱が並大抵ではなかっ
たことが伝わってきます。ここで再建当時のビデオを上映。火災のため石垣だけとなった跡地を見、
よくぞここまで再建してくれましたと思うばかり。鉄筋コンクリ−トで再建される城が増える中、あ
くまでも木造にこだわり通した松山城を、どう守り継承していくか、というテ−マに入ろうとしたと
き、余りの寒さのため急遽城内・十間廊下に場所を移すことになりました。寒風から逃れた一同、パ
ネラ−の「守り継ぐ」ための問題点に聞き入ります。「地元の中で職人を育てなければ、よそから呼
んでこなければならず、いざという時に合わない」(屋根師・参川さん)、「伝統技術を伝えていくに
も仕事の場、機会が少ない」(左官・大下さん)、「まとめて補修するよりも早い補修が必要。シロア
リが入れば全体を解体しなければならなくなる」(大工・永田さん)、「職人さんたちがどうすれば一
番いい環境で仕事に入れるか」(石工・川上さん)などの訴えに、これはただ現場の職人さんたちだけ
の問題ではなく私たちの文化財に対する意識、ひいては国のあり方にも課題があると感じました。こ
うして1時間半にわたるシンポジウムは終了。「日本の文化は職人さん達が創ってきた」というコ−
ディネ−タ−の締めくくりのことばが印象に残った筆者は、陰で支えてきた職人さん達にもっとスポ
ットが当たっていいのではないか、そして多くの人々にそれぞれの技術や工事のご苦労を知ってもら
うことによって、人々の中に<文化財を大切にしなければならない>という気持ちがわいてくるのでは
ないかと考えました。あれこれ思いをめぐらしている内、がらっと雰囲気は変わって粋な西松布咏さ
んの登場です。西松さんは、6才から長唄・三味線を始め、幅広い洋楽器との演奏など新しい試みを
しながら、ジャンルにとらわれない活動を続け、精力的に海外公演をされているという異色の邦楽家
です。きりっとしたきもの姿は美しく、三味線の音色はもちろん、すばらしい声で小唄・端唄・地唄
などを、お話しを交えながら聴かせてくださいました。一流の三味線と初めて聴く小唄・端唄は、お
座敷だけでなく夜のお城にもよく合い、目をつむって聴いていると異次元の世界に入り込みそうな雰
囲気さえしてきました。さあこのあとは城山荘での懇親会です。冷えきった体を温め腹ごしらえをし
ようと、おでんや芋炊きに長い列をつくり、しばらくは食べに専念。そしてJIA会員と交流をはかり9
時過ぎにお開きとなりました。四国デザイン会議に始まり長い一日でしたが、築城400年のイベント
としてふさわしいこの企画が、成功のうちに終了したことを思い、外の寒さとは裏腹に何か暖かい気
持ちで城山を後にすることができました。

今回のシンポジウムレポ−トを通して、文化財の保全・継承について少しでも知ってもらいたい・考
えてもらいたいという意味を込めて、あえて詳しくレポ−トしました。
長いレポ−トを読んで下さり、ありがとうございました。
(藤井 順子)